【誰か1人でもその考えを述べた時点でそれは1つの考え方として成立する】

少し理不尽かも知れないが、たくさんの人間が集まる会社で生きてく上で思うようにしていることがある。

それは、意見~意識は人の数だけ無限にあるので、

 

『誰か1人でもその考えを述べた時点で

それは1つの考え方として成立する』

 

というものだ。

具体例を上げよう。

例えば会社である担当者が不在で、Cさんという名の社員に対応をお願いした時、

『オレはこの仕事担当じゃないから知らないよ、やりたくないよ』

っと言っていた事があった。

普通に考えれば、「おいおい、社員なんだからそんな無責任な事言わないで対応してよ」、

と思うのだが、冷静に考えれば確かに担当でない事の対応を好きでやる人間はいない。

私はこんな時に率先して対応するようにしているが、

心のどこかでは上記のようか思いは少なからずある。

しかし私はこれを言うことで社員としての質が落ちる、

イレギュラーが発生した時に私を頼りにくくなる、等の理由で心の中で消えてしまう。

多くの人が、責任感から私同様の対応をするであろう。

だが、Cさんの主張は間違ってはいない。

何故なら本当に間違っているなら、法に触れるはずだからだ。

恐らくどこの会社でも、

≪自分の担当業務じゃなくても責任感持って対応しなければならない≫

そんな明確なルールはないはずだ。

だから私は、法に触れる事のない自分とは違う考え方を聞いた時に、

そんな考え方~見方もあるのだと思うようにしている。

極端な例えだが、家の中でも靴をはく文化と玄関で靴を脱ぐ文化の違いのようなものだ。

 

『よって誰か1人でもその考えを述べた時点でそれは1つの考え方として成立する』

のだ。

 

この考え方をしてから割り切れる事が増え、少なからず生きてく事が楽になった。

大きな社会であるほど、自分とは違うものは多彩である為、

それをいかにして認めて相手を変えるのではなく自分自身を変化させ、

進化していく事が重要な事だと思う。